【英国現地レポート】ナイティンバーを訪問|世界を魅了するイングリッシュスパークリングワインの品質とブランド戦略

ナイティンバー施設内にあるイングリッシュガーデン
Iku

英国ナイティンバーの収穫祭とハーベストランチョンにご招待いただき、現地を訪問しました。世界が注目するイングリッシュスパークリングワインの魅力を、現地での体験を通してお伝えします。


目次

ナイティンバーが世界から評価される理由とは

「Battle of the Bubbles」で対決したドンペリニヨンとナイティンバーのプレステージキュヴェ

写真にもあるナイティンバーのフラッグシップ「プレステージキュヴェ 1086」は、良年のみに厳選した区画から取れるブドウを使用して造られる特別なキュヴェ。約10年の熟成がもたらす奥行きある風味と、非常に繊細で伸びやかな酸が気品を形づくり、イングリッシュスパークリングワイン(英国産スパークリングワイン)の魅力を体現するのにふさわしい一本です。

昨年、ロンドン・ワインフェアで開催されたスパークリングワインの国際コンペティション「Battle of the Bubbles」において、こちらのプレステージキュヴェ 1086が総合1位を獲得。審査員にはMW(マスター・オブ・ワイン)やMS(マスター・ソムリエ)をはじめ世界各国のワインプロフェッショナルが名を連ね、ドンペリニョンやクリュッグといった名門シャンパーニュを抑えての受賞は大きな話題となり、イングリッシュスパークリングワインの評価と知名度が年々高まっていることを印象付けました。

そんな中、光栄なことにナイティンバーの収穫祭とハーベストランチョンにご招待いただき、現地を訪問する機会を得ました。実際にワイナリーを訪れて強く感じたのは、100%自社畑ブドウにこだわる徹底した品質管理と、時間をかけて築き上げられた確固たるブランド力です。

本記事では、収穫祭での体験を通して見えたナイティンバーの哲学と、その評価の背景についてお話ししたいと思います。

収穫祭前夜のディナー会場にて

イングリッシュスパークリングワインとは?英国ワインの基礎知識

実際に収穫したピノ・ノワールのブドウ

「イギリスでワインが造られているの?」と驚く方も多いかもしれません。実はイギリスのワイン産業の歴史は古く、紀元43年のローマ時代にはすでにブドウ栽培が行われていた記録が残っています。

その後、16世紀頃に気候や社会情勢の影響を受けて一度衰退しますが、20世紀に入り再びワイン造りが復活。スティルワイン中心の時代を経て、現在は瓶内二次発酵によるスパークリングワインへと大きく舵を切っています。

(*瓶内二次発酵とは、ベースとなるスティルワインを造った後、瓶の中で再び発酵を行い、発生した二酸化炭素を閉じ込めることで泡を生み出す製法です。さらに発酵後に生じた澱とともに熟成させることで、複雑で奥行きのある味わいが生まれます。)

そして、このスタイルが成功した背景には、イングランド南部に広がるチョーク土壌の存在があります。シャンパーニュと同じ地質を持ち、ブドウに高い酸をもたらすことから、高品質なスパークリングワインの生産に適しているとされています。さらに近年の気候変動により収量が安定してきたことも、イングリッシュスパークリングの品質向上を後押ししています。


イングリッシュスパークリングワインの現在|世界で注目される理由

ナイティンバーの畑を見学

イギリスの主要産地は比較的温暖な気候を持つ南部に集中しています。なかでもスパークリングワインの産地として知られるケント、ハンプシャー、サセックスは、現在の英国ワインを語るうえで欠かせない地域です。

近年は世界的シャンパーニュメゾンによる参入も相次ぎ、テタンジェがケントに設立した「Domaine Evremond(ドメーヌ・エヴルモン)」や、ヴランケン・ポメリーによる「Louis Pommery England(ルイ・ポメリー・イングランド)」は象徴的な存在と言えるでしょう。こうした動きは、イギリスがスパークリングワインの新たな銘醸地として国際的に認識されつつあることを示しています。

一方で近年注目を集めているのが、東部エセックス州のクラウチ・ヴァレーです。比較的温暖で乾燥した気候を背景に、高品質なスティルワインの生産が広がっています。

海外からの投資も活発で、アメリカのジャクソン・ファミリー・ワインズが参入しているほか、ブルゴーニュ・ジュヴレ・シャンベルタンのドメーヌ・デュロシェがダンブリー・リッジ ワイン・エステートとパートナーシップを結び、ピノ・ノワールのリリースが予定されるなど、今後の展開にも期待が高まります。

また、ニュージーランドのクラウディ・ベイで醸造長を務めたニック・レーンが製造ディレクターを務める「Defined Wine」のような委託醸造サービスの存在も、英国ワイン産業の成長を支える重要な要素です。契約ワイナリーの増加とともに、醸造から技術サポートまで包括的に提供される体制が整いつつあります。

こうした発展の背景には、気候変動による栽培環境の変化に加え、持続可能な農業への意識の高まりもあります。近年ではRegenerative viticulture(環境再生型農法)への取り組みも広がり、英国ワインは品質だけでなく環境面でも新たなステージへと進みつつあります。


ナイティンバーの歴史|イングリッシュスパークリングワインのパイオニア

ナイティンバー CEOエリック氏と
日本市場について意見を交わす

ナイティンバーは1988年に設立された、イギリスを代表するワイナリーのひとつです。設立当時のイギリスでは、気候の不安定さからハイブリッド品種によるスティルワインの生産が主流であり、高品質なスパークリングワインの可能性はまだ広く認識されていませんでした。

そんな中、アメリカ人のスチュアートとサンディ・モス夫妻がこの土地にピノ・ノワール、シャルドネ、ピノ・ムニエの3品種を植樹し、伝統的なシャンパーニュ製法によるスパークリングワインの生産に挑戦します。当時、イギリスで世界水準のスパークリングワインが生まれると考える人はほとんどおらず、この挑戦はまさに革新的な出来事でした。

1992年にはブラン・ド・ブランを初リリースし、その品質は早くから高い評価を受けるようになります。その後2006年に現CEOのエリック・ヘレマがワイナリーを購入し、2007年にはカナダ出身の醸造家シェリー・スプリッグスが加わることで、現在の品質基盤が確立されました。

シェリー・スプリッグスは2018年、シャンパーニュ以外の生産者として、また女性として初めて「インターナショナル・ワインメーカー・オブ・ザ・イヤー」に選出。さらに2025年には女性として初めて2度目の同賞を受賞し、その評価を確固たるものにしています。

現在もブドウは100%自社畑で栽培され、栽培から醸造、ボトリングまでを一貫して管理しています。気候の変動が大きく、ワイナリーとしての歴史が比較的若いというリスクを抱えながらも、すべてを自らコントロールすることで品質の一貫性を保ち、自信を持ってワインを世に送り出す姿勢こそが、ナイティンバーの強みであり、世界レベルの評価を支える基盤となっています。


【現地訪問】ナイティンバーの収穫祭で見た品質へのこだわり

気候変動と向き合うヴィンヤード管理

2025ヴィンテージ収穫終盤の畑

ナイティンバーの畑はサウスダウンズの丘陵地帯に位置し、海に近い南向きの斜面が生み出す海洋性気候の影響を受けています。南北に風が吹き抜ける環境でありながら、三方向を緑に囲まれることで強風から守られ、安定した生育環境が保たれています。

畑ではサステイナブルなブドウ栽培を取り入れています。気候変動は、イギリスをワイン産地として押し上げる追い風である一方、振れ幅という課題も抱えています。温暖化により成熟が進みやすく収量が安定してきた面はあるものの、凍結するほどの寒さや極端な高温、乾燥、激しい降雨など「極端な気象」が増え、ヴィンテージ差がより顕著になっています。実際、2024年は雨の多い湿潤な年だった一方、2025年は暖かく乾燥した年となるなど、年ごとの変動が大きくなっていることは現場でも大きなテーマになっていました。

ナイティンバーでは、1〜2カ月に一度、畑全体の土壌・樹勢・微気候を区画ごとに分析するヴィンヤードマッピングを導入し、気象観測ステーションによって病害の発生をモニタリング。必要なタイミングで迅速に対応できる体制を整えています。また、カバークロップによって土壌の栄養や水分保持を助け、土壌環境を整えるなど、サステイナブルなブドウ栽培に積極的に取り組んでいたのも印象的でした。

ナイティンバーの品質の根幹を支えているのは、区画ごとに徹底して管理される醸造体制です。 私たちが訪れたタイミングは2025年ヴィンテージの収穫終盤で、(本当は収穫をしっかり見学できる予定でしたが…)ほぼ収穫が終わっていました。なんともワインの現場らしい“タイミング”です。


区画ごとに管理される徹底した醸造体制

ブドウはすべて手摘みで収穫され、15kgの浅いクレットに入れられてワイナリーへ運ばれます。その後、ゆっくりと選果が行われ、健全な果実のみがプレス工程へ。重力を利用してプレスされたジュースは区画ごとにステンレスタンクへと移され、24時間かけて清澄が行われます。そのままキュヴェは分けて醸造され、翌年1月のブレンドまで個別に管理されます。

ブレンドに使用するワインはすべてテイスティングによって決定され、最終的なスタイルは感覚的評価を重視して組み立てられるそうです。ここはまさに醸造家の腕が光る部分です。実際に、ウェストサセックスとハンプシャーのシャルドネのプレスジュースを試飲する機会がありました。クローンや台木、栽培条件が同じでも、酸や風味の印象が異なることを体感し、ブレンドの意味を改めて実感しました。


​単一畑キュヴェ「ティリントン」が生まれた理由

ティリントン・シングル・ヴィンヤード
マスタークラス

今回の滞在で特に印象深かったパートは、ティリントン・シングル・ヴィンヤードのマスタークラスのプログラムでした。

ティリントンは2013年に初めてリリースされ、当時のイギリスで最も高価格帯のスパークリングワインとして発表されたキュヴェです。さらに、イギリス初の単一畑スパークリングワインでもありました。その誕生の背景には、偶然の発見があったそうです。

醸造長シェリー・スプリッグスとブドウ栽培責任者のブラッドがブドウを試食していた際、畑の下部にあったわずか2ヘクタールの小さな区画のブドウが、他とは明らかに異なる個性を持っていることに気づきます。ナイティンバーが所有する37ヘクタールのグリーンサンドストーン土壌の中でも、この区画だけが際立っており、フローラル、ターキッシュディライト、ローズペタルといった香りを持っていました。

ナイティンバーのブドウは台木・クローン・樹齢ごとに細かく管理されていて、その中でも、この特別な区画のブドウは際立った個性を持っており、スタイルの核となるエレガンス、フィネス、そして長熟性を兼ね備えたこのキュヴェは、ティリントンと名付けられました。ピノ・ノワール主体で構成されますが、ピノ・ノワールのみでは全体的に力強くなりすぎるため、シャルドネを加えることで繊細さとバランスを整えています。また、シャルドネの持つ高い酸は、ワインの熟成ポテンシャルを高める重要な要素にもなっています。

ティリントンの特徴は、赤い果実のニュアンスとともに感じられる「ターキッシュディライト」のアロマで、この香りが表現できない年にはティリントンは造られません。毎年気候が異なるため、ブドウがワイナリーに運ばれベースワインが完成するまで、このキュヴェが誕生するかどうかは分からないと話していました。

マスタークラスで試飲したワイン

マスタークラスでは2009年から2016年のワインを試飲し、ヴィンテージごとの違いを比較しました。温暖な年と冷涼な年のスタイルの違いに加え、ヴィンテージ毎に澱とともに熟成する期間を変え、デゴルジュマン後のコルク熟成期間の重要性についても「ゆっくりとした酸素との触れ合いによって、口当たりや風味の変化を感じることができ、より旨みがある複雑なニュアンスのワインが生まれる」と解説がありました。

非常にガストロノミックなスタイルなので肉質感のある魚介類や鶏肉などとの相性も良く、世界中のソムリエに支持されている理由も納得できました。

テイスティングをする中で、気候条件や醸造方法がスタイルに影響していることがわかるとても面白い比較でした。特に印象的だったのは、冷涼な2013年の澱熟成の期間が長いもの(最大約12年)はフレッシュかつ大変エレガント。個人的な好みだった、デゴルジュマンした後に数年熟成させた2010年のワインはブリオッシュ、モカ、ナッツなど熟成感を伴った複雑さで、熟成のポテンシャルがあると感じることができました。


​世界のソムリエが集う収穫祭|ナイティンバーの国際的評価

各国の市場について意見を交わし、日本のワインマーケットにも多くの関心が寄せられた

収穫祭とランチョンには、世界各国のホスピタリティ業界で活躍するプロフェッショナルが集まっていました。イギリスのスパークリングワインの主要な輸出先であるスウェーデン、デンマーク、ノルウェーなど北欧諸国からの参加者が多く見られたのが印象的でしたが、ドバイから訪れているソムリエの姿もあり、その広がりに改めて英国ワインの国際的な存在感を感じました。

テーブルを囲みながら、それぞれの国のワイン市場の動向や消費者の嗜好について意見を交わす機会があり、日本のマーケットについても多くの質問を受けました。各国の市場環境の違いや、ラグジュアリーワインの受け入れられ方の違いについて話す時間は非常に刺激的で、改めてワインが世界共通の言語であることを実感する瞬間でもありました。

ナイティンバー CEOエリック氏を囲んで

こうした場面で、Diplomaで学んだ知識や視点がすぐに役立つことを実感し、自分自身の立場や役割についても改めて考えるきっかけとなりました。国際的な舞台で対話を重ねる中で、これからも感度を高く持ち続けたいと強く感じました。


​結論:なぜナイティンバーは世界で評価されるのか

最終日の晩餐会にて、世界で活躍するプロフェッショナル達と意見交換

今回の訪問を通して感じたのは、ナイティンバーというブランドが世界で評価され、ブランディングの基盤がしっかりしてきていると理解できました。

畑では区画ごとの特徴を大事にし、収穫から圧搾、ブレンドに至るまで一貫した品質管理がなされているからこそ、ブランドとしてのスタイルが維持されています。

また、ティリントンのように個性的なキュヴェが存在することからも分かるように、ナイティンバーは単に高品質なワインを造るだけでなく、テロワールの表現とスタイルの明確さも重視しています。

そして、ワインそのものの品質に加えて、ブランドとしての一貫したメッセージとポジショニングを感じることができました。収穫祭に集まる世界各国のプロフェッショナルとの対話を通して、ナイティンバーがグローバル市場を見据えながら、自身のブランドを築いてきたことが伝わってきました。

気候の変動が大きいイギリスという土地において、すべてを自社で管理することは決して容易ではありません。それでも一貫性と品質を追求し続ける姿勢こそが、ナイティンバーらしさなのだと思います。

今回の訪問を通して、ナイティンバーは単なるイングリッシュスパークリングワインのトップ生産者という枠を超え、テロワールとブランド、そして人の力が融合した存在であることを改めて実感しました。

この記事を書いた人

大学卒業後、外資系および日系航空会社に勤務。現在は東京のレストランにて、ドリンクのセレクトやペアリングの考察、イベント企画を担当する傍ら、Instagram(@iku_winegram)でワインの学びと日常に寄り添う魅力を発信している。J.S.A.ソムリエ、WSET Diploma取得。産地や生産者のストーリー、最新のワイントピックを現場目線で読み解くPodcast『ワインを読む。』配信中。

目次